ブラック企業はやばい会社だと言われていても実態ってよくわからないですよね。

そこでここではブラック企業のやばさを知って頂くために、激務・薄給の会社で働かれた男性の体験談をご紹介しようと思います。彼が働かれた企業の概要はこのようになっております。

  • 今ではCMに出るくらいの大手企業
  • 業界は建築業界
  • 寮は狭く大所帯
  • 年間休日は100日未満
  • 過労死レベルの業務時間

なかなかの環境だと思わないでしょうか?

ここで取り上げたような最悪な環境で働かれた男性のブラック企業体験談の詳細についてこれから見ていこうと思います。なお、ここからの内容は彼の回想が中心となっております。

ブラック企業の福利厚生の実態

今は大手テレビのニュース時に流れるCMを流せるような優良企業になりました。ただ、今から20年数年前に新卒で入社したその会社の実態はブラックそのもの。

関東の私大を出た私は新卒で甲信越の営業所に配属になりました。大学を卒業して最低限の持ち物を車に乗せ長野の寮へ向かったのを今でも覚えています。

寮に着くとその施設のひどさに驚きました。まず寮というのは名ばかりであり、国道沿いのごく普通の2階建てのオンボロ一軒家でした。

1階は新入社員が住み2階は先輩社員が住むようなシステムになっていてその年に入社した新人は7人、二階は6人の先輩社員が住んでいました。というとこは普通の1軒屋に合計
13人の男たちが住んでいる状況です。

部屋割りはというと6畳の部屋に4人の相部屋。一人1畳満たないスペースに少なく持ってきた荷物を置いても布団を敷くだけのスペースです。

5月のゴールデンウィークまで雪が舞うその地域で、そのスペースでは当然おくことのできる暖房器具はなくただ、寒かった記憶があり1か月に何度も風邪をひいていました。これが平成の時代の話です。

4人も部屋に集まれば個性もいろいろでイビキやら体臭か酷い人やら夜中まで学習用電気スタンドで本を読んでいる人やら朝方帰ってくる人さまざまです。決して落ち着けることはありませんでした。

夜中に目がさえて眠れない日は今日ここで脱走しようかと何度も考えました。ただ、朝が来ればまた普通に仕事が行けたのは寮生活での生活が良い意味で習慣化されて起きて食べて通勤することが苦にならなくなっていったことです。

朝通勤前に困ったことはトイレが一つしかないこと。まさに戦争です。

おなかが痛いまま会社に行くこともありました。また、夜おそくまで残業になったなら最後に入るお風呂は悲惨なもので湯船にはいろいろなものが浮き、衛生的には最悪の状況の寮生活でした。

最悪な環境でも無料ではない

この寮は当然ただではなく月に5000円の施設費と食費がかかります。

食費は3000円で月曜から金曜の夜のみ寮母さんが支度してくれるシステムでした。プライバシーも衛生的にも最悪の状況で転勤の辞令が出る1年間はよく自分でも頑張ったと思います。

ただ、すぐに辞めずにいれたのも辞令が出たときやっとここから出られると思ったと同時に本当にどこか寂しかった記憶があります。

考えてみれば13人の共同生活はなかなか自ら体験できることもなく、仕事の愚痴や感じていることをいろいろ毎日のように語り合ったこと。ですから当然寝る以外24時間仕事になるわけで、仕事を覚えるスピードも速かったです。

みんな大卒で入社していてそれでも就職難だった時代に入社できたわけで1流大卒からそうでない大学までいたのですが、一般常識がみんなあったのが救いでした。人間関係において嫌な思いはあまりしませんでした。

会社のその福利厚生は問題あるのですが、同じ釜の飯を食った仲間を得ることができました。その中の一人は互いの結婚式に出て今でも年賀状のやり取りはしております。

その年に2人脱落したのですが、一人は警察官、一人は中学の教員になって活躍しています。さて、寮生活の話から実際に仕事の話をしていきます。

新人研修時代

新人研修は猛声訓練から始まり、チームを組んでミスをすると全体責任というたぶん自衛隊の訓練のような体力と気力を使うものでした。

今でもあるかわかりませんがご唱和やマラソンや大声で「やってやってやりとおす」みたいな体育会系的なノリがありました。その自衛隊顔負けの研修が終わるとOJTでいきなり先輩社員と組みながら実践に入っていきます。

先輩といっても2年目の方たちです。

みなさん仕事はもちろんできる方で進んでいろいろ教えてくれていたのですが、その方たちも忙しい日は余裕がないので結局、新人だけで対処しなければいけない日もありました。

それがいいか悪いかわからないのですが、明らかに悪いなと感じることは少なくなかったです。特に目の前にいるお客様を今いる人員(新人)で対応するしかなく嫌な思いをさせてしまって申し訳ない気持ちになったことは何どもあります。

教えてくれる人がいないということは我流でミスもつきものです。

今でも忘れないどうしても困った事案を私自身が起こしてしまいあたふたしている、笑いながら近づきそっとフォローしてくれたのは忘れませんし、自分もああいう男になりたいと思いました。

年間休日は100日以下

お休みはシフトで各自バラバラなのですが月8日の週休二日でしたが、旗日においては休めることは少なく年間に通すと90日くらいだった思います。

年に2回、長期の休みの申請ができるのですがそこに転勤やら出張等が重なるととまったく取れない年もありました。

それに残業はものすごくありましたので、とにかく忙しかった記憶があります。残業代はすべてつけてくれるわけではなく、いまではあってはならないことですがタイムカードを押してから残業を強要されておりました。

あとから聞けば残業が多すぎると本部の人事課から直接営業所に連絡が行き、その上長のマネージメント能力が低いと判断されるそうです。冷静に考えれば人件費を上げたくないという経営陣の身勝手な方針なんですけどね。

今事件になっている自死したり過労死したりするレベルの残業は普通にしていましたしので、当時の職場は現在だと確実に問題になっていたと思います。

朝9時から夜中の3時まで夕食も出ずに働いたこともありますし、タイムカードを切らずに働いていたら上長に怒られた記憶ありました。新人は先輩社員が黙って働いているのをみて、あの人たちが残業代ついていないのだから仕方ないと思ったものでした。

つまりアルバイトで時間で働いたほうが生活はよくなるようなシステムだったと思います。
その営業所で1年がんばり、その後大きな関東の営業所へ転属になりました。

待遇は営業所次第な所もある

大きな営業所では新築のワンルームに2人で住むシステムになっておりだいぶ改善されていました。ただ、そのころには仕事のできる先輩社員たちは半分辞めていました。

毎月のように送別会で本当に良い先輩がいなくなる時は本気で悲しかった記憶があったのを覚えています。

今にして思えばそれもよい思い出です。当時ののこっている社員にあうこともあるのですが今はコンプライアンス順守が各方面からうるさいので改善されているようです。

また経営者側はSNSで拡散してしまうのが一番怖いようであり、CMにも出ている上場企業なので社会的責任を負っている自覚もあるようです。今の環境ならもう一度働いても良いですが、当時の激務・残業代が付かない、最悪な福利厚生を考えると今ではニュースになるレベルのブラック企業だったと思います。

 
これが私が新卒で就職した正真正銘のブラック企業での体験談です。ブラック企業の実態やブラック企業で働くとはどんなことなのか、なんとなくでもご理解頂けると幸いです。